徒然なるままの徒然日記

その時熱中しているものの忘備録

クロスゲーム 嘘と大嫌いで好きを表現した珠玉の告白

あだち充の作品の中でも、特に好きなのがクロスゲームである。

 

若葉との思い出があるから前に進めないコウと、若葉のことが大好きで「でも、奪っちゃダメだからね」の言葉に囚われているからコウに頑なな態度を取り続ける青葉。

 

似た者同士で惹かれ合っているのに、お互い素直じゃない性格と、若葉との思い出が鎖でがんじがらめのようになっていて、言葉で表すのが微妙な関係を続けているふたりに、ときめきを感じる。

 

成長するにつれて、コウの青葉に対する態度は軟化するが、青葉の態度は相変わらず頑な。そんなふたりだが、高等部に進学したコウが野球部に入部し、青葉のフォームを参考にしたピッチングでエースとして活躍、青葉も高等部の野球部に入部してくると、ケンカしながらもだんだん距離が縮まっていく。

 

性格も言動もそっくり。お互いのことをよく見ていて、相手が何を考えているかもお見通し。だけど素直じゃないからケンカばかりしている。

 

青葉のイトコの水輝、若葉そっくりのあかねさんが登場、そして青葉に本気で惚れた東がライバルに浮上すると、青葉とコウはお互いに惹かれていると周囲にいる人は察していく。

 

特にあかねの登場によって、若葉との思い出があるから前に進めないコウと、「奪っちゃダメだからね」という言葉に囚われている青葉は、自分の気持ちと向き合い、整理していく。

 

勝戦当日の朝、コウがついた3つの嘘

地方大会決勝戦当日の朝、あかねの手術が成功するのか心配して早起きをした青葉とコウ。コウはフォームのチェックをしたいと青葉を投球練習に誘う。

 

コウがミットを構え、青葉が投げる。しかし、青葉はあかねの手術が成功するか、試合に勝てるか、コウの好きな人は誰なのか気になり、コントロールがぶれる。

 

あかねと若葉のどちらが好きなのか聞くが、「亡くなっちゃったやつとは比べられねえよ」と答えが返ってくると「じゃ、わたしとは?」と問いかける。

 

コウは、嘘だと前置きをしたうえで、3つの約束をする。

 

・甲子園へ行く

・160km出す

・そして――月島青葉が一番好きだ

 

う~ん、噓だって前置きしないと言えないなんて、素直じゃないですね。でもそこがいいところ。

 

160kmのストレートを投げられるかどうかは、甲子園に行けるか行けないかに直接関係ない。それでも約束したのは、青葉の好きなタイプが160kmのストレートを投げられる男だから、ですよね。

 

あとは中西から「160km目指せや、コウ。そうすりゃ誰も文句言わねえよ」と言われていたのもあるのかもしれない。中西のセリフの真意は、160kmのストレートを投げれば青葉とくっついても誰も文句言わないってことだと思ってるんだけど、実際はどうなんでしょう。

 

ま、いくら口に出して言ったところで、青葉が素直に受け取るとも思えないので、噓をついてそれを本当にすることで、自分の気持ちを伝えたコウちゃんは青葉のことをよく分かってると思う。

 

若葉が最後に見た夢と、青葉の気持ちを背負ってマウンドに立つコウ

勝てば甲子園、という大事な試合で、終始コウは落ち着いたピッチングをする。青葉の積み重ねてきた努力と凄さ、公式戦に出られない無念さを誰よりも知っている。

 

青葉から変化球を教わった時、「おまえが俺の体借りて投げてると思えばいいじゃん」と言った通り、青葉と同じフォームで、青葉を思いながら投げるコウ。

 

この終始落ち着いた様子のコウを、青葉は「ワカちゃんの性格」だと評したけれど、昨年の竜旺戦では騒がしく応援していた青葉も、この時は冷静な目で試合の行方を見守っているのが印象的。

 

延長戦に突入し、2アウトランナーなし、という追い込まれた状況でコウは月島バッティングセンターの光景を思い浮かべなが打席に立ち、見事ホームランを打つ。1巻で若葉を送るために打てなかった球を打ってホームランになった、という美しいシーン。

 

高校野球で一度もホームランを打たれたことのない及川から初めてホームランを打ったというのもしびれる。

 

コウがホームランを打った時のみんなのリアクションも様々で面白い。青葉は、コウがホームランを打つと思ったら本当に打ったので、驚いていた。2年前、「あんたなんか信じちゃいないわよ。これぽっちもね!」と言っていた青葉が期待していたことにも、「お前が俺に期待しないからだよ」と言っていたコウが、青葉に期待されてホームランを打ったことにも胸を打たれる。

 

最後の一人、三島との勝負では、疲れているだろうに最速タイのピッチングをするコウ。160kmのストレートを出そうと全力投球。ここだ!というところでコウが投げた球は、光となってミットに収まる。158kmのストレートにも反応できていた三島も。手が出なかった。

 

計測できないほど速かったのか、球速表示はされなかった。コウが投げた球はその日の最速タイ。160kmだったのかはハッキリ分からないけれど、読者的にも、青葉的にもあれは160kmのストレートですよね。

 

大嫌い、でも大好きだと伝わる青葉の言葉

見事甲子園出場の切符をつかみ、校歌斉唱、閉会式、インタビューと目まぐるしく動いたコウは疲労困憊。「もう死んでいかァ」と言うコウに、「月島青葉を思いっ切り抱きしめろって言ったろ」と許さない東。

 

千田にそんなことしたら思いっ切りひっぱたたかれると言われても、東の言葉通り真っ直ぐ青葉の方へ向かって人目も憚らず思いっ切り抱きしめるコウ。

 

青葉の反応は、もちろん思いっ切りビンタ。「あんたのことは大嫌いだって言ったでしょ!」と強がるが、コウの「ああ、知ってるよ。たぶん、世界中で一番―」と言うセリフを聞くと、コウの胸で堰を切ったように泣き始める。

 

青葉の口から出る言葉は「大っ嫌い」なのに、「大好き」と言っているようにしか聞こえない。それを分かっていて、「知っているよ」と包み込むコウは男前!

 

最終回で、手を繋ぎながら電車を待つふたりを見て、気持が通じ合ってよかったなと思いました。ふたりが一緒にいれば、若葉もふたりと一緒に生きられますからね。

 

ただ、コウちゃんが続けている若葉へのプレゼントについては、20歳の婚約指輪は青葉に贈ってほしい。若葉に青葉との関係を話して、青葉に贈ってほしいな、なんて妄想をしています。